人気ブログランキング | 話題のタグを見る
金木犀と電話ボックス小景
金木犀。



金木犀の香をかぐと中学時代の自分を思い出す。
中学時代の自分。
思い出すだけで恥ずかしくなってしまう。

かっこつけて気取っているつもりで、ただただ不恰好で笑いのネタにしかならない。
今だから思うことかもしれない。
でも、我ながらおかしなイキモノだった思う。
その当時のお話。




中学校の校舎脇には金木犀の林があった。
縦長の長方形の土地。金木犀が規則正しく植えてあり、
秋になるとその香を四方に飛散させていた。



授業中も給食の時間も部活の時間も放課後の喫煙タイムも、
いつも金木犀に包まれていた。





携帯電話もポケベルもない時代だった。
コードレス電話の子器が自分の部屋にあるのは非常に稀なことだった。
だから、好きな女の子に電話をするときは、
こっそりと親のいない隙に電話をしてみるくらいであり、
それではあまりにもタイミングが限られてしまい・・・
結果として公衆電話・電話ボックスから電話することになる。

当時は電話ボックスから恋がはじまることが普通であったのだ。



僕の恋する彼女。
テニス部。彼女の家は中学校脇の金木犀の林の裏手。
目が大きくて、口も大きくて、細くて白い彼女。
肩まで切りそろえられた髪が奇麗で、僕の恋する彼女。



好きで好きで仕方がなかった。
でも、何をして良いのか、何がしたいのか分からなかった。



恋も愛も何も知らなかった。
それはテレビドラマの中のことでしかなかった。



性欲も良く分からなかった。
それは道端に落ちているエロ本の中のことであり、
それは友達から回ってくるビデオタイトルが剥がされたビデオの中のことでしかなかった。




何かの衝動が行動を起こさせる。
話がしたい。声が聞きたい。ただそれだけ。
僕は家を出て自転車に乗って飛び出した。

電話をするだけなのに、頭にムースをぬりたくって髪型を整えて・・・
僕は勇んで家を飛び出したのだ。


ポケットには小銭だけ。
肝心な時にテレカはない。


夜、静まり返った中学校。
傍を走る国道からの通り過ぎる車のノイズだけが聞こえる。

深呼吸。自転車を止めて、電話ボックスを開ける。
ドアの開け方にさえ戸惑いながら、電話ボックスへ入る。

頭の中にある数字列を思い出す。
気持ちの準備が出来ないままに、
一度も叩いた事のない数字でも
僕の指は軽快に彼女の家の番号を押していく。

それまでは順調だった。



学校脇の電話ボックスから、僕は彼女の家へ電話をする。
しようと試みる。ボタンを押す。最後の数字を押す一瞬。
その指が止まり、受話器を戻す。



コインが冷たく落ちてくる音。夜の闇に響く。



電話ボックスの中にまで充満する金木犀。
一度だけ自分に言い聞かせるように深呼吸をしてまたコインを小さな溝に滑らせる。

そして再び押すボタン。
繋がる回線。
呼び出すコール。
コール音にシンクロして鼓動する心臓。
割れてしまいそうな心臓。




どれだけ言葉を費やしても表現できないあの音。一瞬後に、そして彼女の声。




なぜそこにそれほど金木犀の木が植えてあったのか・・。理由・目的は分からない。
田舎であったから土地が余っており、
おそらく地主が手持ち無沙汰に植えたのがはじまりだろう。

そんなたいした理由もないきっかけで植えられた金木犀に、
僕はいつも当時の記憶を呼び起されるのだ。



嗅覚はいつも記憶を鮮明に呼び起す。
人は・・・と、一般化できないことなのかも知れない。
でも、僕はいつも匂いで何かを思い出しては過去に目を向けてしまい、
足を止める事になる。


匂いの記憶を辿って、その甘美な記憶に酔っていたいのだ。





電話ボックス内でのほんの数分、
夜の冷たさと、金木犀の甘い香に包まれながら、
僕は始めて彼女と電話で話した。
内容は覚えていない。



その夜の心地よい涼しげな風とその香だけ。
それだけが今も僕の中に生きている。
# by s_nozomi | 2005-10-16 15:36 | My girls life